さらば賄い@台湾にて

台湾語は中国語と同じで、「拼音(ピンイン)」という発音がある。所謂「アクセント」というものだ。例えば、「あ」という声に5つのアクセントがあるのだ。(詳しく知りたい方は「ピンイン」について検索して欲しい。)調べてみると、アクセントは4つだと記載されているところが多いのだが、聞いたところでは、この4つに加えて「あっ」という半音で止めるアクセントがあるとのこと。なので、5つのアクセントがあると言うのだ。

でも、今はそんなことはどうでもいい。今必要なのは「友達と食事をしますので、今日は要りません。」を面と向かって伝えることだ。あと3時間、設計室に籠りながら、製作図そっちのけで台湾語と奮闘する。

日中辞典に中日辞典、大学卒業以来、触ることの無かった辞書をパラパラとめくりながら漢字を並べていく。するとどうだ、30分ぐらいでそれなりの文章が出来上がったのだ。主語とか動詞とか間違ってはいるだろうけど、要は伝わればいい。

  • 「朋友 吃飯 今天 不要」
  • 「こんな感じか?」
  • 「何かそれっぽく見えるわ」
  • 「ちょっと見てもらおう」

設計室は製造棟の中にあり、プレハブハウスを3つを積み上げた最上段、3階にある。因みに2階と1階は部品室となっている。3階から見る製造現場は絶景だ。それは、モノが出来上がっていく一連の流れを見ることができるからだ。ちょうど、準々決勝のトーナメント表のような感じなのだが、製造現場だけに一方が勝ち上がるのではなく、両者合体して上がっていく感じなのだ。モノ造りが好きな私には、ある意味聖地なのだ。

そんな聖地をそそくさと離れ、通訳者のいる事務棟へ向かった。事務棟は製造棟とは違う場所にあって、歩くと5分ぐらいのところにある3回建ての棟(ビル)で、事務室はその1階にある。さすがは客人を通す場所だけあって、室内全体が青っぽい。どうも風水に関係しているらしく、「信頼」とか「誠実」とかあるらしい。

事務室には20人ほどいてるのだが、男性は社長ぐらいで、あとは女性だ。台湾では共働きが普通なので、女性の社会進出は非常に高いものがある。ただ、日本と違うのは「女性のために」とか「女性が働きやすく」とかいったものはなく、「造作仕事は男が担当」「伝達仕事は女が担当」みたいな感じになっているようだ。

私もここでは外国人なので、彼女たちも優しく接してくれる。もちろん通訳者が。

  • 「どうしました?」
  • 「これ見て欲しいんやけど、合ってるかな?」
  • 「これは何ですか?」
  • 「いや、食堂のおばちゃんに伝えたいと思って・・・」
  • 「今日は要らないと、私が伝えましょうか?」
  • 「いや、私から伝えたいので、合ってるかどうかチェックしてくれない?」
  • 「わかりました。ちょっと待てて下さい、書いてきますね。」
  • 「私が言える範囲でお願いね」

と通訳者に伝えると、その周りにいた彼女達も「何何?」ってな感じで集まってきます。それで、あーだこーだ言いながら

  • 「これでいいと思います。」
  • 「謝謝、って長過ぎない?」
  • 「どれがいいですか?」
  • 「いや、どれって言われてもよくわからんわ」
  • 「一番短いのがいいですか?」
  • 「そう、それにして」
  • 「では、これがいいです」
  • 「謝謝、後で伝えに行ってきます」
  • 「頑張って下さいね、困ったことがありましたら連絡して下さい」

彼女達が集まって書いてくれた文章は4つ。その中から選んだのは一番短いやつ。

  • 「今天不要。朋友和吃飯。」

私が調べた単語を使って並べ替えてくれただけではなく、ちゃんと食堂のおばちゃんに伝わるように3つも書き足してくれたのだ。優しい彼女達。しかし、声を出して伝える自信も無かったので、今回はこの短いので伝えることにした。それに、このメモを食堂のおばちゃんに見せれば済むことなのだが、「いつまでも通訳者に頼るわけにはいかない」「簡単な会話ぐらいは出来ないといけない」との想いが強く出たのもあったりもした。変なプライド?出てしまうのは悪い癖だ。

さて、そろそろ食堂のおばちゃん達も仕込みが一段落着いた頃だろうから、食堂へ行ってみることにする。メモに書いてもらった文章をおさらいしながら・・・

  • 「和?」
  • 「これってどう読むやろか、「わ?」とはちゃうよな」

たまに日本語と読みが同じものがあるので、可能性としては0ではないのだが、しかい、ここはしっかりしておかないといけないところだと思い、一旦設計室に戻り、調べてから行くことに決めた。

設計室に戻り急いで「和」の読みを調べる。答えは「へ(2)」と出た。※(2)は拼音のアクセント

漢字を調べていて思うことは、大陸から日本に入ってきたことの過程だ。「へ」が何故「わ」に変化したのかという点だ。言葉はこうして変化をしながらその土地土地で定着し、さらにこの土地に似合った言葉に変化していく。中には変化せずにそのままの読みもあるが、この変化を考えるのがとても楽しい。でも、「大陸も台湾も日本も同じ読みだったらどれほど楽だったことか」とは思う。

おっと、もう17時だ。早く伝えに行かねばならない。絶景の設計室をまたまた抜け出し食堂へ向かう。食堂は製造棟から離れたところにある。事務棟とは反対側にあるので、製造棟を横切って行くと近道だ。音を立てて木板に穴を開ける工作機械の横を抜け、肺に入ると絶対病気になるであろう、ウレタン塗装室の横を抜けて外に出る。次は倉庫を横切って行く。薄暗い倉庫には、出荷を待つ商品が天井高く積まれている。おそらく、10m近くはあるだろうか。商品の行先はイタリアのようだ。

  • 「おっ、こっちは日本やな。」
  • 「ふーん、あそこはこんなん出すんか。」

と敵の商品をメモしながら先に進む。薄暗い倉庫を抜けると、いよいよ食堂が目に入る。おそらく材料であろうべニア板に墨で書かれた看板が立てかかっている。「餐廳(さんてぃん)」。台湾語では食堂を「餐廳」と書き、「さんてぃん」と読む。

餐廳は大きなプレハブハウスで、椅子の数は300以上はあるだろう。300人と言えば、私が通っていた小学校の一学年が、50人×6組だったことを考えると、相当大きな食堂であると言える。そんな大きくも、今のところ腹痛の原因としている餐廳の戸を開けて、ぐるりと周囲を見渡す。そして、見つけた一人のおばちゃんに近寄り声を掛ける。そして、勇気を出して伝えたのだ。

  • 「你好(こんにちわ)」
  • 「你好」
  • 「えー、あー、今天不要。朋友和吃飯。(友達と食事をしますので、今日は要りません)」
  • 「明白了(わかりました)」

このあと、何やら言っていたのだがさっぱりわからないので、何故だかおばちゃんに合掌して餐廳を出たのだ。

  • 「おーっ、2か国語話せるってこんな感じなんか」
  • 「しかし、伝わったんやろか」
  • 「明白了って言っとたしな、大丈夫やろ」
  • 「何かあったら聞きに来はるやろ」
  • 「没問題、没問題(問題無い、問題無い)」

「話す」というのは「伝える」ことだ。しかし、今回ばかりは伝わったかどうかではなく、話せたかどうかがだった。どうしても、上手に話そうとすることが先に立ってしまうので、なかなか話すことができなかったのだが、これで一皮むけた気がして高揚感に包まれた。

  • 「やればできるやん」
  • 「ナイスおれ」

何とも間抜けな28歳だが、一人異国の地で腹痛と戦っている身としては、自分で自分を勇気づけなければやってられないのである。

しかし、問題は話せたかではない。「腹痛から逃れるため」「腹痛を克服すること」だ。今日は昼食を抜いたので、今は調子がいい。しかし、いつまでもこの作戦を実行するわけにはいかない。何せ、やっぱり腹が減るし、おばちゃんに心配を掛けたくない。

さて、18時になった。終業のチャイムが鳴る中、工場のみんなはタイムカードを機械に通すため、列をなす。もちろん残業はしない。私はというと、今日中に終わらせておきたいことがあるのだが、送ってもらわないといけないので、運転手がいつ来てもいいように帰り支度をしておかなければならない。それに、今日から新興園付近の食堂調査もしなくてはならない。

運転手が迎えに来た。描きかけ中の製作図面はそのままにして、設計室を後にする。運転手と一緒に製造棟を抜け駐車場まで歩く。駐車場は、餐廳の奥にあるので、餐廳を横目で追いながら様子を伺う。とその時、食堂のおばちゃんが、窓越しから玉杓子を振っている。何か言っているようだが、笑顔で玉杓子を振っているので、「友達と楽しんでおいで」的なことを言っているのだろう。私も笑顔で手を振り返して車に乗り込んだ。

  • 「ごめんな、おばちゃん」
  • 「りっぱになって戻ってくるから、それまで賄いさらばです」

このことについて、運転手が私に何か問いかけているのだが、さっぱりわからない。「悪いなぁ」と思いながら、「對不起(ごめんなさい)」といって、欧米人が使う「お手上げだよ」のジェスチャーで答えたのだった。


投稿者: るかわ はやお

編集者の流川駿(るかわはやお)です。 長年、商品の広報や販促編集に携わり、現在はセールスライターとしてWEBに特化した記事制作とその指南活動をしています。