夜の小籠包@台湾にて

  • 「新興園から半径1kmは知っておきたいなぁ」

この時間に新興園から外出するのは初めてだ。昨日までは、神岡工場の賄いで済ましていたから外出することはなかった。でも、今日からしばらくはこの生活リズムを続けなければならない。何故なら、「賄い以外でも腹痛になるのか」を検証しなければならないからだ。食堂のおばちゃんには申し訳ないが、自分の身を守るためなので、ここはドライに考えよう。

しかし、「言葉の勉強」とは好都合だ。賄いから逃げるための口実ではあったが、確かに必要ではある。それに、何と言ってもリスニングから入れるので、覚えも早いのかも知れない。とにかく、短くてもいいので会話ができるようにならなければならない。そうなれば、食堂のおばちゃんにも顔が立つ。習うより慣れろで進むしかない。

新興園の扉を開け路地を歩き大通りに出てみると、朝と変わらずスクーターが渋滞している。マフラーの排気音とクラクションは相変わらずだ。既に19時を回っていることもあってか、夕食を求める会社員や学生達で混雑している。

  • 「朝も夜も変わらんなぁ」
  • 「とりあえず、適当に回って夕飯が買えるところを探してみよう」

マフラーの排気音とクラクション、それに今度は台湾語が飛び交う中、大通りを下る。すると、標識が目に入った。そこに記してあったのは、この大通りの名前「新興路(しんしんるー)」と「68巷」。

  • 「なるほどな」
  • 「アパートの名前はこれから拝借してるんやな」
  • 「巷って何やろ、通りの番号を指してるんやろうけど、メモっとこ」

こんな感じで、愛用のメモ帳に書いていく。メモ帳は持ちやすさを重視して、胸ポケットに入る大きさのものを使っている。そんなお気に入りの小さなメモ帳の左側に見た言葉、右側に読み方と意味を書いていくのだ。そして、ふと気になることが出てきた。

  • 「それはそうと、新興園の住所って知らんな」
  • 「大家に聞いとかなあかんな」

ここで初めて、住所を知らないことに気付いたのだ。今は神岡工場だけで済んでいるが、来週から清水工場、豊原工場と出勤先が増える。場所が変われば退勤時間も変わってくるだろうから、ここは自分の都合で退勤できるようにしておかなければならない。送迎は関係工場各社に伝えているが、おそらくここの住所は伝えていないだろう。

気になる言葉をメモしながら30分ほど歩いただろうか。腹も空いたので夕飯を買って帰ろうと物色中に一軒のリヤカー屋台が目に入った。モクモクと湯気が立ち上っているのだ。近くに寄ってみると、蒸籠が6段ほど積まれていて、そびえ立っている。そして、蒸籠が重なる隙間とてっぺんから勢いよく噴出しているのだ。

  • 「焼売やん、これ買って帰ろう」

と決め、リヤカー屋台の近くに寄ってみると、リヤカーの壁に消えかかった文字が書いてある。よく見ると「小籠包」。この言葉はメモする必要はない。台中行きが決まってからというもの、「小籠包・水餃子・炒飯・牛肉麺」は必須であると、書店で台湾ガイドブックを読み漁ってたときに決めていた。食堂でも出なかったので、簡単に食べれるものではないと思っていたが、まさかこんなに早く、こんなところでお目にかかるとは驚きだった。

  • 「請一個(一個下さい)」
  • 「〇※△?□&%・・・」
  • 「對不起(ごめんなさい)、不明白(わからない)、我現在学習台湾語(今台湾語を勉強してます)」
  • 「知道了(わかったわ)」

思い切って彼女に話してみたら、意外と通じたことに驚いた。すると、彼女は入り数の違う2つの容器を手に持って見せてくれた。「どっち?」と聞いているみたいだ。左手に5個入りが、右手には10個入りが。わざわざ容器に入れて見せてくれたのだ。28歳とはいえ、異国の地で不安になっている最中、たった少しの優しさが嬉しくなる。両手に持って私の答えを待つ彼女の「なるほど、5個入りか10個入りかを聞いていたのか」と。

気を良くした私は、彼女が持つ容器一つ一つを手に取り、訪ねた。

  • 「多少銭?(いくらですか?)」
  • 「80圓(日本円で300円程度)」
  • 「安っ!」

「安っ!」っと思わず日本語が出てしまった。しかし、15個で300円程度とは安い。いや、日本が高いのかも知れない。しかも大きい。日本で見る小籠包より一周り程大きいと見える。これは楽しみな夕飯になりそうだ。安さと多さと大きさで感激していると、彼女が2パックを袋に入れながら聞いてくる。

  • 「要不要&%・・・」
  • 「要不要(やおぶーやお)?・・・」

何とか聞き取りたくてもう一度お願いしてみようと思うのだが、台湾語がわからない。なので、「once again」と聞き直すと、持ち帰りの寿司などに入っている袋を見せてくれた。その袋には、赤く透き通った液体が入っていて、袋を指さしながら

  • 「らー、要不要(やおぶーやお)らー・・・」
  • 「らー?あっ、それラー油?なるほど、辣(らー)ね」
  • 「辣、知道嗎?(わかる?)」
  • 「はいはい、知道、知道(わかる、わかる)」
  • 「要不要辣?(らーはいる?)」
  • 「要(いります)」
  • 「好(上手です)」

短い時間でのことだが、会話が成立すると嬉しいものだ。自信もついてくるし、安心する。台中に来てからというもの、台湾語も話せず、日本語を話す相手もいない。ともなると、いつの間にか周辺を警戒してしまい、緊張の連続だったのだ。

10圓硬貨3枚と50円硬貨1枚を渡して小籠包が入った袋と交換する。すると彼女から

  • 「日本人?」
  • 「是、日本人」
  • 「〇※△?□&%・・・」
  • 「う~ん、對不起、不明白」
  • 「不是、不是、再来(いえいえ、また来て)」
  • 「是、謝謝(はい、ありがとう)」

お互い手を振って、この授業の時間は終わった。また彼女に会いに行かなくてはならない。会話がどこまでできるようになっているのか確かめる必要がある。メモに書いて覚えるのも必要だが、やはり、声を出さないといけない。そんなことは初めからわかってはいるのだが、一人二役で会話をするのは何だか寂しい。彼女は何を伝えたかったのか知りたかったが、今はこの程度が限界だ。残念さもあったが、それ以上に今日は嬉しい夜になったので、良しとしよう。

  • 「工場のみんなに聞いてもらうわけにはいかんしなぁ」
  • 「そもそも時間がとれへんもんなぁ」
  • 「こんな感じで覚えるしか無さそうやなぁ」
  • 「よっしゃ、朝と夜は基本こんな感じでいこう。」
  • 「で、昼はどうしようかなぁ、毎日やと心配するかもしれんしなぁ」
  • 「だいたい、腹痛さえ起きへんかったら悩む必要は無いんやけどなぁ」
  • 「そや、小籠包で腹痛起きたらどないしよう」
  • 「そうなったら、台湾全土皆同じっちゅうことになるわなぁ」
  • 「この美味そうな小籠包が食べられへんっちゅうのは、結構ショックかも」
  • 「でも、そうなったら慣れるしかないか」

すっかり忘れていたことが蘇ってきて、どっと疲労感が出てくる。しかし、今は小籠包が勝っていた。袋の中の甘い香りが疲労感を包んでくれてるようだ。

  • 「いや、小籠包に限ってそんなことは無いはず」

根拠は無いが、断言してみる。しかし楽しみだ。台湾啤酒も冷えていることだし、早く帰って冷めないうちに食べるとしよう。マフラーの排気音もクラクションも相変わらずだが、慣れてきたのだろうか。楽しみも増えたことなので、足取りも軽い。

  • 「お、牛肉麺屋があるやん、明日の夕飯はこれにチャレンジしてみようかな」

新興園からちょっとの距離なのに、今まで気付きもしなかった。送迎の車からでも見えていたはずなのに、こうすると見えてくるものだ。「この辺りは意外と面白いところなのかも知れない」と思うようになってきたのであった。


投稿者: るかわ はやお

編集者の流川駿(るかわはやお)です。 長年、商品の広報や販促編集に携わり、現在はセールスライターとしてWEBに特化した記事制作とその指南活動をしています。